発達障害の特性という考え方

  • 2017.02.28 Tuesday
  • 23:24

JUGEMテーマ:学問・学校

1. 「発達障害児の特性」という色眼鏡

 

「特性の理解」や「特性に応じた指導」・・・全くの類型論で非生産的です。
 この頃、次のようなたとえ話を講義のときにします。
 ADHDの子どもが3回離席しました。「離席」という症状をカウントしても、ADHDというレッテルを確認するだけです。それより、離席した理由を探ってみましょう。
 一回目は,トイレに行きたくて離席しました。二回目は、隣の子が、鉛筆でつついたので離席しました。三回目は先生の授業が退屈で離席しました。
 一回目の離席には、「先生オシッコ」と言う様に教え、二回目の離席では,隣の子を叱り、三回目の離席では自らの授業を反省する・・・。それぞれの離席には意味があるので、「多動性」や「衝動性」という「特性」で見るより、その子どもの行動の意味を理解しようする方が、ずっと良いのです。
 ADHDの子どもが離席するのは、注意が持続しないとか、衝動的で席を立ってしまうとか、多動で落ち着きがないから・・・・など、いずれも状態像に,それらしい専門用語をレッテルのように貼っているだけで、解決の糸口になりません。
 上記の例は、ちょっと、「特性」とか「ADHDという障害」という色眼鏡を外せば、どなたにも見えてくる行動の意味なのです。
先生方の素直な目を惑わす「特性」を、本気で批判する必要があると思っています。

 

2. 「特性に応じた指導」という幻想


   (趣旨は、特別支援教育研究に以前書いたものに加筆。)
 このごろ、発達障害の子どもに「特性に応じた指導」をしたら、他の子にも良かった。という感想を聞くことがあります。「特性に応じた指導」という言葉も多くは幻想なのではないでしょうか?
 図は、丸さんと六角さんという例えばADHDの子どもがいるとします。そして、いわゆる定型発達(この言葉も誤解を生んでいると思いますが、ここでは使います)の四角さんという子どもがいるとします。丸さんと六角さんに共通で、四角さんとは異なる部分が「障害特性」ということになります。三人に共通の部分は共通性と呼んで良いと思います。六角さんについて言うと、他の人と異なる「個性」の領域もあります。このように、共通性、個性そして障害特性と分けてみると、議論が整理されると思います。
 障害特性に応じた指導とは、例えば、盲の子どもに点字を教えるようなもので、その障害の特性に合致した指導です。点字を晴眼の子どもに教えても、その子の学力は上がりません。発達障害の場合、そもそも、どんな特性に応じているのかが不明確なのですが、よく「特性に応じた指導をしたら、他の子にも良かった。」と言います。それが正しいなら、その指導は共通性に働きかけているのです。共通性に働きかける指導を「丁寧に」行ったから、他の子どもにも役立ったのです。

 

 

 

 平成11年7月の文部省の「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議の報告書「学習障害児に対する指導について(報告)」の結論の部分を少し長くなるが引用します。


4 学習障害児に対する指導方法
(1)従来の特殊教育の特徴は、教科の指導と並んで障害に基づく種々の困難の改善・克服を目指す自立活動(養護・訓練)の指導を行うことにある。これに対し、学習障害児に対する指導は、特定の能力の困難に起因する教科学習の遅れを補う教科の指導が中心となる。このため、学習障害とは別の理由により教科学習に遅れが見られる児童生徒に対する指導内容・方法と重複する部分も少なくなく、学習障害に特有の指導内容・方法を明確に示すことは現時点では困難である。ただし、反面これは、障害のない児童生徒に対する指導においても、学習障害児に対する指導内容・方法を広く活用することができるということも意味している。


 「学習障害に特有の指導内容・方法を明確に示すことは現時点では困難である。」と明確に書かれているのです。(その後、文科省から発見したという報告は無いと思います)。
 これこそ、「特性に応じた指導」が幻想であることを如実に示しているのではないでしょうか?
 ADHDの衝動性という特性や多動性という特性に、ぴったりと対応した指導を挙げることができる人は何人いるでしょう?本当は、無くは無いのですが、多くの本に挙げられている事は、共通性へのアプローチであることが多いと言えます。
 結論めいたことを書くと、先生方は教育のプロとして、目の前の子どもの学習上の困難や学級への適応の難しさに対して、普通の教育の方法(共通性へのアプローチ)を丁寧にされることが、今、最も必要な事なのではないでしょうか。

 発達障害児の特性を学んだのは、その子ども達が怠けているとか、しつけがなってないとか、先入観にとらわれない様にするための知識ではあったと思います。しかし、それがいつの間にか、先生方の素直な目をふさぐ結果になっている様に思います。

 

3.そもそも「特性」とは
 特性を知らないと教育できないかのような論調はどこから来たのでしょう。
 発達障害児の特性としてあげられている特徴の多くは、各障害の診断に役立つ症状(多くは行動特徴の一部)としてあげられている事項です。
 ADHDの不注意、衝動性、多動性など、ADHDと診断するときの定義に出てくる症状です。実際は、自閉症児は幼児期に顕著な多動性を示すことが多いのですが、その症状は、成長に従って減少してくることが多いので、自閉症の「特性」には挙げられません。また、ADHDの多動性も年齢と共に減少してくるので「注意欠如」という、成長しても残存すると考えられる症状が、定義の基本になっているという具合に、持続する症状が重視されています。
 ローナ・ウィングの「自閉症児との接し方」(1973) には、幼児期に多動が多いと述べられていますが、多くの自閉症児の本には述べられていません。幼稚園の多くで、多動が最も大きな問題になっているのにもかかわらず。
 お医者さんにとっては、診断する上で、他の障害と区別する特徴はとても大事です。それが重視されることも分かります。しかし、それがそのまま幼稚園や学校の先生に伝えられ、最も大事なことになるのは理解出来ません。
 先に述べました様に、教育においては、共通性へ丁寧に働きかける体系を、営々と築いてきました。それが自閉症の発達にも寄与してきました。その視座には、行動の意味や意義、そして発達の経過などが重視され、症状の違いが中心ではなかったのでは無いでしょうか。1980年からの特性重視の姿勢は、多くの誤解を生んできたと思います。      (文責 久田信行)

 

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